【第7回】退職金制度導入の失敗事例|中小企業がやりがちなミスと対策
目次
中小企業の退職金制度導入でよくある失敗パターン
「ユキちゃん、調子はどう?退職金制度の検討、進んでる?」
サキ先輩がコーヒーを片手に、私のデスクに立ち寄ってくれました。
これまで退職金制度について色々勉強してきたけれど、実際に社長に提案するとなると、やっぱり不安が残ります。
「制度の種類や費用、節税効果、他社の導入状況…一通り調べたんですけど、まだ『これだ!』って確信が持てなくて」
「なるほど、慎重になってるのね。でもそれは大事なことよ。ちなみに、失敗事例って調べた?」
成功事例ばかり見てました…
「そうよね。でも失敗事例を知ることで、同じ轍を踏まずに済むのよ。お昼休みで一緒に勉強しない?」
サキ先輩との約束が決まりました。成功事例だけじゃなく、失敗事例からも学ぶ。確かに大切な視点だ。
お昼休み、社内の会議室でサキ先輩との勉強会が始まりました。
「まず、どんな失敗パターンがあるか整理してみましょう」
サキ先輩がホワイトボードに書き出してくれたのは、リアルな失敗事例の数々でした。
計画不足による失敗
パターン1:導入後の資金不足
「一番多いのが、これね」とサキ先輩。
「退職金制度を導入したけれど、毎月の掛金支払いが想定以上に重くなって、半年で掛金を減額せざるを得なくなった会社があるの」
具体的には、
- ・月1万円×100名=月100万円、年間1,200万円の負担を軽視
- ・節税効果(約30%)の実現は決算後で、当初のキャッシュアウトは満額
- ・業績悪化時の対応策を準備していなかった
「つまり、掛金の実質負担70%で計算してたけど、実際には100%先に出ていくから資金繰りが厳しくなったってことですね」
「そう。特に中小企業は現金商売じゃない限り、資金繰りは重要よ。計画が甘いと大変なことになる」
パターン2:従業員への説明不足
「これもよくある失敗。『いい制度だから喜ぶだろう』と思って導入したら、反発を受けたケース」
- ・選択制DCを導入したが、「給与が減る」として労働組合が反対
- ・投資教育をしないままDCを開始し、運用に不安を感じる従業員が続出
- ・制度の複雑さを十分に説明せず、「わからない制度はいらない」という声
「従業員の立場に立って考えることが大切なのね」
制度設計の失敗
パターン3:自社に合わない制度の選択
サキ先輩が続けます。
「自社の人事戦略や従業員のニーズを十分に検討せずに制度を選んで失敗したケースもあるの」
「どんな失敗ですか?」
「例えば、『他社がやってるから』『営業担当に勧められたから』という理由だけで制度を決めて、実際に運用してみたら会社の方針と合わなかったり、従業員の反応が予想と全然違ったり」
「なるほど、自社の状況をちゃんと分析してから選ぶことが大事なんですね」
「そうなの。制度選択の前に、まず『何のために導入するのか』『どんな効果を期待するのか』を明確にしないと、どの制度が最適かも判断できないのよ」
パターン4:段階的拡充計画の失敗
「『少額から始めて段階的に拡充』という計画自体は正しいんだけど、拡充のタイミングを見誤ったケース」
具体例
- ・業績好調時に掛金を倍増したが、翌年度に業績悪化
- ・拡充計画を明確に示さないまま開始し、従業員の期待値管理に失敗
- ・掛金増額の判断基準が曖昧で、恣意的な運用になった
運営・管理の失敗
パターン5:事務処理の軽視
「退職金制度って、導入したら終わりじゃないのよ。継続的な管理が必要なの」
失敗例
- ・新入社員の加入手続きを忘れて、数ヶ月後に発覚
- ・退職者の脱退手続きが遅れ、余分な掛金を払い続けた
- ・給与改定時の掛金変更手続きを失念
「地味だけど、こういうミスが積み重なると信頼を失うのよね」
退職金制度導入失敗の根本原因分析
「失敗パターンはわかったけど、なぜこうなっちゃうんでしょう?」
サキ先輩が分析してくれました。
根本原因の分類
1. 準備不足
- ・社内での検討期間が短すぎる
- ・複数部署(人事・経理・総務)との連携不足
- ・外部専門家への相談をしない
2. 情報収集の偏り
- ・成功事例ばかり見て、リスクを軽視
- ・販売会社の説明だけで判断
- ・同業他社の実態調査不足
3. 経営陣の理解不足
- ・社長の「やりたい」という思いだけで開始
- ・中長期的な経営計画との整合性確認なし
- ・緊急時の対応策を検討していない
4. 従業員目線の欠如
- ・「会社がいいと思ったから」という上から目線
- ・年代別・職種別のニーズ調査をしない
- ・説明方法やタイミングの配慮不足
「確かに…成功事例を見てると、『簡単にできそう』って思っちゃうけど、実際は準備が大変なんですね」
だからこそ、失敗事例を知って対策を立てることが重要よ!
失敗を防ぐ退職金制度導入前チェックリスト
「じゃあ、失敗を避けるためのチェックリストを作ってみましょう」
サキ先輩と一緒に、実践的なチェックリストを作成しました。
準備段階のチェックポイント
経営計画との整合性
- ✅3年間の資金計画に組み込み済み
- ✅業績悪化時の対応策を検討済み
- ✅他の設備投資との優先順位を確認済み
- ✅ 経営陣の合意形成完了
社内体制の確認
- ✅ 人事・経理・総務の役割分担明確化
- ✅事務処理の担当者決定
- ✅外部専門家(社労士・税理士)との連携確認
- ✅ 社内説明の責任者決定
制度設計のチェックポイント
自社分析の実施
- ✅従業員の年齢構成分析
- ✅離職率・勤続年数の現状把握
- ✅業界特性の考慮
- ✅競合他社の制度調査
制度選択の根拠
- ✅複数制度の比較検討実施
- ✅選択理由の文書化
- ✅段階的拡充計画の策定
- ✅KPI(効果測定指標)の設定
従業員対応のチェックポイント
事前調査の実施
- ✅従業員アンケートの実施
- ✅年代別・職種別のニーズ調査
- ✅現在の不満・要望の把握
- ✅金融リテラシーのレベル確認
説明・教育計画
- ✅説明会の開催計画策定
- ✅資料の準備(分かりやすさの確認)
- ✅個別相談窓口の設置
- ✅継続的な情報提供体制の構築
「チェックリストがあると安心ですね」
「でも、全部完璧にしようとすると永遠に始められないから、バランスが大事よ」
退職金制度導入の段階的アプローチ|リスク最小化の手法
「失敗事例を見てると、いきなり本格的な制度を導入してる場合が多いのよね」
サキ先輩が提案してくれたのは、リスクを最小化する段階的アプローチでした。
フェーズ1:小規模テストスタート
特徴:
- ・掛金は月1,000~2,000円程度の少額から
- ・期間限定(1年間)でのテスト導入
- ・限定した従業員グループでの試行
メリット:
- ・失敗時の影響を最小化
- ・実際の運用を通じた課題の発見
- ・従業員の反応を見ながらの調整が可能
「これなら、仮に失敗しても会社への影響は限定的ですね」
フェーズ2:制度の最適化
第1年目の結果を踏まえて:
- ・従業員の反応分析
- ・事務処理の課題整理
- ・経理への影響確認
- ・掛金額の適正化
「テスト期間で見えた課題を改善してから本格導入するんですね」
フェーズ3:本格運用開始
改善された制度での全社展開:
- ・掛金の段階的増額
- ・制度の選択肢拡充(複数制度併用など)
- ・他の福利厚生との統合
「この方法なら、『いきなり大きな制度を作って失敗』というリスクは避けられそうですね」
退職金制度導入の具体的失敗事例と教訓
「実際にあった失敗事例を、もう少し詳しく見てみましょう」
サキ先輩が、知人から聞いた実話を教えてくれました。
事例1:中退共導入の失敗
想定ケース: サービス業、中小企業退職金共済、月額1万円
何が起こったか:
- ・短期退職者が続出(1年未満での退職)
- ・会社が支払った掛金が掛け捨てに
- ・年間800万円の掛金に対し、実際の給付は200万円程度
失敗の原因:
- ・サービス業特有の高い離職率を軽視(業界平均28.1%※)
- ・中退共の「1年未満掛け捨て」ルールとのミスマッチ
- ・人材流動性の高い業界に、長期雇用前提の制度を導入
※厚生労働省「令和5年雇用動向調査」より、生活関連サービス業・娯楽業の離職率
教訓:
- ・業界特性と制度特性の適合性確認が必須
- ・離職率の高い業界では中退共以外の検討が重要
- ・制度選択時は自社の雇用実態との整合性を最優先
事例2:DC導入時の混乱
想定ケース: 確定拠出年金(企業型)、月額5,000円
何が起こったか:
- ・投資未経験者が運用商品を選べない
- ・「元本保証」商品に全員が集中
- ・運用益がほとんど期待できない状況に
失敗の原因:
- ・従業員の投資経験レベルを事前調査せず過大評価
- ・「自己責任での運用」を求めるDCと従業員の実態とのミスマッチ
- ・投資教育体制の構築を軽視
教訓:
- ・従業員の投資経験と制度の複雑さの適合性確認が必須
- ・DC導入には業界・職種を問わず手厚い継続教育が必要
- ・事前の従業員実態調査なしに制度選択するのは危険
事例3:選択制DB導入の失敗
想定ケース: 選択制確定給付企業年金、従業員が給与から自主的に積立
何が起こったか:
- ・加入率がわずか6%に留まる
- ・説明会への参加率も30%程度と低迷
- ・「給与が減るだけ」という誤解で敬遠される
- ・期待した離職率改善効果は皆無
失敗の原因:
- ・説明会を形式的に1回開催しただけ
- ・税制優遇・社会保険料軽減の具体的メリット説明不足
- ・「選択制=強制ではない」を強調しすぎて関心を削いだ
- ・個別相談窓口の設置なし
教訓:
- ・選択制は手厚い継続的説明が必須
- ・具体的な手取り増額例での説明が重要
- ・段階的な理解促進と個別フォローが成功の鍵
退職金制度導入成功の5つのポイント
事例研究を踏まえて、サキ先輩がポイントを整理してくれました。
ポイント1:スモールスタートの原則
「どんなに良い制度でも、いきなり大きく始めるのは危険よ」
- ・月額1,000~3,000円程度から開始
- ・1年間のテスト期間を設定
- ・段階的拡充の計画を明確化
ポイント2:徹底的な事前調査
「自社の実態を正確に把握することが成功の基盤」
- ・従業員の年代別ニーズ調査
- ・業界の離職率・勤続年数の把握
- ・競合他社の制度調査
- ・自社の財務状況の客観的評価
ポイント3:複数制度の検討
「最初から一つに絞る必要はないの」
- ・DB、DC、中退共の比較検討
- ・組み合わせ(併用)の可能性検討
- ・将来的な制度変更の容易さも考慮
ポイント4:丁寧な説明・教育
「従業員の理解と納得が成功の鍵」
- ・年代別・職種別の説明会開催
- ・具体的な数値例での説明
- ・個別相談窓口の設置
- ・継続的な情報提供
ポイント5:継続的な改善体制
「導入したら終わりじゃない」
- ・効果測定KPIの設定
- ・定期的な見直し機会の設定
- ・従業員からのフィードバック収集
- ・制度改善の仕組み構築
「これらのポイントを押さえれば、大きな失敗は避けられそうですね」
退職金制度運用時のトラブル対応策
「それでも、予期しないトラブルは起きるものよ」
サキ先輩が現実的なアドバイスをくれました。
よくあるトラブルと対処法
トラブル1:掛金支払いの遅延
- 原因:資金繰りの悪化
- 対処:運営機関への早急な相談、一時的な掛金減額の検討
- 予防:月次資金計画での管理強化
トラブル2:従業員からの苦情
- 原因:制度理解の不足、期待値とのギャップ
- 対処:個別説明会の開催、制度改善の検討
- 予防:導入前の丁寧な説明、継続的な情報提供
トラブル3:事務処理のミス
- 原因:担当者の知識不足、チェック体制の不備
- 対処:外部専門家への相談、処理手順の見直し
- 予防:ダブルチェック体制の構築、定期研修
緊急時の判断基準
「最悪の場合、制度を中止する判断も必要よ」
中止を検討すべき状況:
- ・会社の存続に関わる財務状況の悪化
- ・従業員の大多数が反対
- ・法令違反のリスクが発覚
中止時の対応:
- ・従業員への丁寧な説明
- ・既払い掛金の取り扱い整理
- ・代替案の検討
「中止することも一つの判断なんですね」
「そう。無理して続けて会社が倒産したら、本末転倒だからね」
退職金制度導入の学習総括|基礎から実践への道筋
勉強会も終盤に差し掛かり、サキ先輩が言いました。
「ユキちゃん、これまでよく勉強してきたわね。最初の頃と比べて、すごく成長してる」
確かに、退職金制度について何も知らなかった頃と比べて、随分知識が増えました。
これまで学んだこと:
🔶第1回: 退職金制度の基本と中小企業の導入率(74.9%)
🔶第2回: 離職率と退職金制度の関係、人材定着効果
🔶第3回: DB・DC・中退共・退職一時金の4制度比較
🔶第4回: 導入費用と運用コスト、段階的導入の考え方
🔶第5回: 節税効果の仕組み、損金算入による法人税削減
🔶第6回: IT業界の導入状況、同業他社の事例
🔶第7回: 失敗事例から学ぶ注意点と成功のポイント
「基礎知識はしっかり身についたと思うわ。次は実際の行動よ」
「実際の行動?」
「従業員のみんなの声を聞いてみることよ。制度の理解も大事だけど、実際に使う人たちが何を求めているかを知ることが一番大切」
なるほど!確かに、これまでは制度そのものの勉強ばかりで、従業員の気持ちを直接聞いたことがなかった。
「どうやって聞けばいいんでしょう?」
「まずは仲の良い同僚や後輩から、カジュアルに話を聞いてみたら?『老後のお金、心配してる?』とか『他の会社に転職するとしたら、何を重視する?』とか」
「なるほど、いきなり退職金制度の話じゃなくて、もっと広い視点から」
「そうそう。そうすれば、本音が聞けるはず」
まとめ:失敗しない退職金制度導入への道筋
今日のサキ先輩との勉強会で、退職金制度導入の現実的な課題がよく見えました。
重要な気づき:
- 成功事例だけでは不十分
- 失敗事例から学ぶことの重要性
- リスクを事前に把握することの大切さ
- 準備の重要性
- いきなり本格導入は危険
- 段階的アプローチの有効性
- 事前調査の徹底
- 従業員目線の必要性
- 制度の押し付けではダメ
- 丁寧な説明と継続的サポート
- 個別のニーズへの配慮
- 継続的改善の思考
- 導入がゴールではない
- トラブル対応の備え
- 柔軟な制度変更の考慮
これまで「どの制度がいいか」ばかり考えてたけど、「どう導入するか」「どう運用するか」の方がもっと重要なんだってことがよくわかりました。
特に印象的だったのは、サキ先輩が言った「無理して続けて会社が倒産したら本末転倒」という言葉。退職金制度は従業員のためのものだけど、それで会社がダメになったら意味がない。
バランス感覚が大事なんですね。
「次は従業員の声を聞いてみる」
この宿題をしっかりやって、もっと現実的で実用的な提案を作りたいと思います。
サキ先輩との勉強会を重ねるたび、退職金制度の奥深さを感じます。でも同時に、「みんなが安心して働ける環境を作りたい」という想いも強くなってる。
人事の仕事って、本当にやりがいがあるなあ。
次は、実際に従業員のみんながどんなことを考えているのか、生の声を聞いてみよう。それが、本当に役立つ制度を作る第一歩になるはず。

プロフィール
名前: ユキ
年齢: 24歳(第1回スタート時)
所属: IT企業 人事部(従業員150名規模)
中小企業の人事担当者として、従業員の幸せと会社の成長を両立させる制度づくりに挑戦中
【ご注意】 本記事は、中小企業の人事担当者「ユキ」の成長を描いたフィクションです。登場する企業名、人物、具体的な数値変化の事例などは、説明をわかりやすくするための創作です。
ただし、以下の情報は実際のデータに基づいています:
- 厚生労働省等の公的機関の統計データ
- 退職金制度の仕組みや種類
- 法令・税制に関する情報
実際の効果は企業の規模、業種、地域、その他の要因により異なります。退職金制度の導入を検討される際は、専門家にご相談の上、自社の状況に応じた制度設計を行ってください。
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